昨日が仕事納めだった。

うちは「納会」といって午後ひたすらオフィスで飲むというよくわからない習慣があり、それの幹事をやっていたので、若干疲れたりしたのだが、適当に飲んで、色々話して楽しかった。そして無事に終わってよかった。
(無事に終わらない飲み会なんて滅多にないんですがね。)

で、昨晩ほろ酔い気分で26年の人生を振り返った。

そこで思ったのが、人生は「土地」みたいなものだと思った事。
空き地があって、その中を行ったりきたりするのが人生のように感じる。

雨が降って地盤がゆるんだり、雑草が生えたり、害虫が出たり、そんな事に右往左往し続けるイメージ。

でも、だからこそ、大地は季節によって、年によって美しい変化を遂げていくようにも思う。火山灰の荒野も、戦後の焼け野原も、チェルノブイリの核で汚染された地域も、数十年たてば美しい景色が生まれる。

そして私自身の人生に対して思う事、それは「雨を絶やしてはならない」事、そして「晴れを望んではいけない」事であった。

「雨降って地固まる」というのは普段いい言葉であるが、これは後に晴れたときの事、固まった地面は歩きやすいが変化しない。そして一度固まった地面が再びぬかるむにはかなりの雨を必要としてしまう。

雨宿りをしたい時もあるだろうし、晴れているより快適なわけがないけど、今の日本を生きる20代として、一番恐れないと行けない事は進化を止めてしまう事と思う事だと思う。

だからこそ、そこに降り注ぐ雨を受け入れ、干ばつの時には水道水を使ってでも地面を潤し、常に変化を起こし続けなければならないと思う。

守るべき何かが生まれるその時までは。

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