こんにちは。すぎのおるです。暑いですがいかがお過ごしですか?

さきほど、中学校時代の仲間と渋谷で飲んできました。

当時からバンドをやっていた仲間たちで、今もそれぞれ音楽をやっています。

近況もつかの間、今回は私達が中学生だった頃のいじめの話になりました。

ひどいいじめっ子だった

私は、小学校から中学校にかけてひどいいじめっ子でした。

運動神経が良くない方でしたので、手を出したことはないのですが、口はうまかったので、その人のプライドをずたずたにするのが得意でした。手を出さずに何人も、何度も泣かせたことがありました。

実は、今日渋谷で飲んでいた友人との最初の出会いは、イジメている私を彼が止めに入ってきたときでした。出会いとしては最悪です。

突然イジメられる側に変わった

しかし、そんな私に転機が訪れたのは、中学二年生のときでした。

当時、卓球部だった私は、部のメンバーで昼食をとっていました。そのメンバーは、小学校の頃から、家族ぐるみの親交がありました。

ある日の午後、お弁当の時間に一緒に御飯を食べていると、卓球部ではないけど、学年で「イケてる」部類の子(確か野球部だったと思いますが)に、「おまえは一緒にメシを食うな」と言われました。

何を言ってるのか、すぐ理解できなかったのを覚えています。

 

ついに私にも、その番がやってきた瞬間でした。

 

私が受けたのは、部類としては「シカト」でした。それから先、私の人生はガラリと変わりました。

ずっと後ろ指をさされているような感覚になり、授業も部活動も苦痛になりました。

部活が終わったあとはわざと時間をずらしたりして帰ったり、とても面倒なことをしていたと思います。

先生や親など、大人には相談しませんでした。恥ずかしいし、聞いてくれないと思っていました。

ただ、それよりも、ことを荒立てたくなかったというのが一番あったと思います。

両親の心配が一番辛かったけどいいこともあった

一番ショックだったのは、「元」友達とと私とのお互いの両親が「どうしたものか」と電話で相談しているのを聞いてしまったときです。

申し訳ない思いと、余計なことをしてほしくないという思いで、破裂しそうになったことを今でも覚えています。

ただ、悪いことばかりではなく、私はそれを期に地元の県立高校への道をカットして、高専に入るために猛勉強をし、合格することができました。

また、前半と後半で全然立場が違う、どちらも最低だった自分と向き合ってくれた仲間こそ、本当の仲間なんだなと知ることもできました。今日飲んだ二人、彼らには本当に感謝しています。

当時の自分にはいろんな逃げ道があった

今日、彼らにその話をしたところ、「そんなことがあったのか」と言われました。

自分の中で溜め込んでいたので、辛かったのかもしれません。

今でも、当時の絶望感を思い出します。

そして、今の私が当時の自分と同じ立場の人に出会ったら、迷わず「学校なんか行かなくていい。あとでなんとでもなる」と言います。

中学二年生の「あの瞬間」以降、私は「あとでなんとかなる」の証拠をいくつも目撃することになります。

  • 1998年 あの瞬間「メシを食うな」
  • 2000年 高専に入学。環境が変わると世界が変わり、人間関係も変わることを知る。
  • 2005年 大学に編入。思った以上に浪人生や留年生が多く、またそのことがその後の人生に影響しないと知る。
  • 2007年 大学院進学。大検経由の人と研究。学校自体行かなくてよかった、内申とか意味なかったと知る。
  • 2015年 いい大学を出て大企業にいくことが、何も人生に寄与しないことを知る。(これは後日詳しく)

学校に限らず会社でも同じ話です。人生はいくらでもやり直しがききます。

というよりも、人生はいくらでもやり直しがきく世の中のほうが、いいです。そう思いませんか?

当時の自分に読ませたい本が近日発売します

そんなことを教えてくれる本が、この程発売されるようです。(まだ未発売なので読んでない)

その名も「学校は行かなくてもいい」。。。おそらく当時の自分が一番かけてほしかったであろう言葉です。

私と同じ和歌山県出身で、地方創生会議の代表である、小幡和輝さんと、私の大好きな漫画家の若林杏樹さんの作品です。

今でも当時のできごとが、私の心に影を落とすことがあります。もしかしたらこの本がその影を取り去ってくれるかもしれません。

ただ、今も日本にたくさんいる当時の私のような人たちにとっては、間違いなく光になるのではないかと思っています。

発売を楽しみにしています。

 

それではまた後日。

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