(昨日Facebookに書いた内容ですがこちらにも記載しますね)

2017年もそろそろ終わります。
例年だとあわただしいうちに年越しを迎えるのですが、
今年は、支援先の休暇にあわせて、いつになく長いお正月休みをとっています。

長い休みだと、余計なことを考えることが多く、今日もそんな感じです。今日は今年の一番重大なできごとであった祖父のことについて書こうと思います。

若干うっとうしい内容ですので、==以下は苦手な人はスルーしちゃってください。来年もよろしくお願いいたします。

最近いろいろな事情で飲食業について検討することがあったので、おのずと祖父の背中を思い出すことが多く、何かの因果を感じております。

祖父は食堂をしていたので、友達も何人か連れて行ったことがあるのですが、おそらく祖母のことは覚えてても祖父のことを覚えている人は少ないと思います。祖父は寡黙な人間でした。

従いまして、記憶が消えないうちに、どこかのサーバにアップしておこうかと。

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祖父は、昭和6年の生まれです。和歌山の田舎町だったので、空襲は直撃しなかったのですが、上空を日本軍の飛行機が飛んでいくのを見送ったことが何度もあるようです。

そして、6人兄弟の末っ子でした。
とても優秀な家系だったようで、長男や次男は都市部の企業などに就職し、
紆余曲折を経て、末っ子の祖父が実家を継ぐことになります。

そこで祖父は、人工真珠の制作をはじめたのでした。

人工真珠の作成は、熱した真珠みたいな色の液体に石を投げこんで遠心力でぐるぐる回すのだそうです。

そんな折、祖父母は実家の土地を改築して店を出すことを検討しはじめました。元々納屋だった場所を改築して食堂に変えたのです。

当初は食堂と真珠の両面で食っていたそうで、真珠が増産のときには食堂を締めていたとのことで、母が「あそこの食堂は最近閉まっていて営業していない」と英語の先生に例文にされたようです。

おそらく輸入製品の台頭が原因かと思いますが、その後真珠はたたんで食堂に絞り込みました。

私が生れたのはこの後の話です。

食堂でも様々な苦難があったようです。

ヤクザがショバ代を要求してきて、毎日入りびたり、祖父が大声で「出ていけ!」と言ってその後こなくなったこと。

平成米騒動の時にコメが不足し、家が大量に仕入れた輸入米であふれたこと(これは私も経験しました)

市場で阪神淡路大震災に遭遇し、自分がめまいしたのと勘違いしたこと(これは祖父の鉄板ネタでした)

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今から思えば私の記憶もあいまいで、それほど聞き出せてないなと思い、少し後悔します。

どの地点かわかりませんが、消防隊として行った火災現場でバックドラフトを経験したりもしたようです。

2014年の出来事だったと思いますが、祖父が倒れました。私も看病に行きましたが、上記の話の多くはその際に聞いた話です。私はその場に居合わせなかったのですが、朝起きて仕込みをやろうと点滴を外そうとしたようです。

このように、祖父は根っからの仕事人間で、毎朝4時に起きて市場に仕入れに行き夜はお客さんが帰るまで仕事を続けていました。そのためか、酒も弱くてほとんど飲まず、タバコも吸わず、旅行にも行きたがりませんでした。
(ちなみに私の両親もお酒に弱いので、私が飲めるのは私が鈍感なのか、何かの突然変異です)

何がここまで祖父を仕事熱心にさせたのか、おそらく本人は「食っていくため」と言うと思うのですが、おそらく人とのつながりを大切にしたかったのだと思います。

小さな田舎町で、地元の食材を料理して地元の人に提供し、楽しく笑って食事ができる、そんな小さなエコシステムを、祖父は守りたかったのではないかと思うのです。

それは、祖父が上記で述べたような苦境を乗り越えて形作られた、本能的な欲求だったのではないかと考えています。

そのためか、末っ子なのにとても面倒見がよく、頑固で威厳があり、一家の長として十分な素質がありました。

色々あって、2014年にお店はなくなり、今年祖父が亡くなったときは非常にひっそりとした葬儀がいとなまれました。

その時は「なんだったんだろうな」と少し憂鬱になったりしたのですが、今となれば葬儀がなくても、あの店での思い出がいろんな人の中にあります。

そして私がここに書きたくなったのも、飲食業の案件が私に飛び込んできたのも、彼の恐ろしいパワーのせいなのかもしれません。

そう考えると、あまり深く考えずに地銀に転職したのも、祖父が倒れてマンツーマンで話をするきっかけになりました。思いは強大です。

彼から私が受け継ぐことは、困ったら助けること、与えて与えること、、、
とても基本的ではありますが重要なことで、その重要なことを少ない言葉と行動をレバレッジして最大限に発揮していた祖父の背中を少しでも追いかけてみることかと思います。

まだ足元にも及びませんが、これからも精進していこうと思います。

それでは、よいお年を!

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