かのドク=エメット=ブラウン博士が1955年からアメリカ西部の町ヒルバレーにタイムスリップしてから26年後の1911年(明治44年)、フランスではドイツとの緊張と緩和が繰り返され、向こう数年の間に行われるであろう戦争の足音におびえつつも優雅な時を過ごしていた(のかな?)。
そんなある日、パリである演奏会が行われた。そしてその会場は異様な興奮につつまれていた(のかな?)。

演奏される曲が初演だったから、それもあったあだろう。しかしそれだけではなかった。実はこの演奏会、演奏前に作曲者が知らされず、演奏後にそれを観客が当てるという企画が行われていたのだ。観客はどんな曲が演奏されるのか、そしてそれが誰の作品なのか、かたずをのんでステージに集中していた。

演奏が始まった。演奏するのは自身も作曲家でありながらすばらしいピアニストでもあるルイ=オーベルだった。そして演奏がはじまった。

彼が鍵盤をたたいた。ワルツだった。和音は最近の流行を踏襲した印象派のそれだった。しかしワルツのリズムをしっかり刻む左手、そう、何かしら非常に保守的であったのだ。保守的で無駄のない旋律。そしてその1曲目は2分足らずで終わった。

そう。その曲集こそ今日のブログのタイトル。ラヴェル作曲の“Valses nobles et sentimentales”「優雅にして感傷的なワルツ」である。演奏会の後、この作曲者がラヴェルであることを言い当てた人は少なかったという。これまでも過去のフレームワークの上に最先端のメロディを割り当てることで音楽を作ってきたラヴェルであったがこの数年前からボロディン、ハイドン等過去の作品に回帰した作品を制作し始めている。
このあたりがドビュッシーとの違いだと思います。

さて、このワルツの曲集は短編8曲からなり、さわやかな1曲目、1分にも満たない5曲目、表情が豊かな7曲目、そして、ここまでの7曲のメロディが浮かんでは消えていくというなかなか粋な終曲の8曲目と、なかなか盛りだくさんの内容である。
電車の中、寝る前、移動中、作業中でも右から左に流してきける曲なのでいいです。

僕は特に7曲目の中盤あたりが好きです。

さて、なんとなくこんなことを話していると1900年前後のヨーロッパってよかったんだな~って思います。だって、今こんな作曲者伏せてクラッシクのコンサートとかしないですよ!音楽が盛り上がっている時代だからこそです。なんかこのキラキラ感は80年代のUS,UKの雰囲気に似ている感じがします。ちなみにこの1911年の3年後に第一次世界大戦がはじまります。
この時代のパリやロンドンに行ってみたい気はしますが。上流階級の白人でないとなかなか堪能できない可能性もあるので難しいところです。すぐ戦争はじまってまうし。

第一次世界大戦でラヴェルは陸軍兵として徴兵され、トラック運転手として戦地に赴くのだそうです。戦争から帰還後、いくつかの名曲を残したのですが、タクシーの事故が発端で亡くなるというクラシック作曲家としては非常に稀なこの世の去り方をしています。

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